ニとなった。
年少気鋭なる親王はこれを聴いて大いに怒り、すぐさま自ら法廷に赴いて「直ちに被告を釈放せよ」と声も荒らかに裁判官に命ぜられた。法廷に並びいる者はこれを見て愕然としてただ互に顔を見合せるのみであったが、裁判長ガスコインは徐《しず》かに太子に向って、「殿下―私は殿下が彼の近臣の王国の法律に依って処分せらるることに御満足あらせられんことを希望致します。しかしながら、もし法律または裁判にして余りに酷なりと思召すこともあるならば、父君なる皇帝陛下に特赦の御請願を遊ばさるるが宜しう御座いましょう」と丁寧に言上した。親王はこの諫《いさめ》を耳にも掛けず、自ら被告の手を執ってこれを連れ去ろうとせられたから、ガスコインはこれを制止し、大喝一声、親王に向って退廷を命じた。親王はこれを聴いて烈火の如く怒り、剣の柄《つか》に手を掛けて驀然《ばくぜん》判事席に駆け寄り、あわや判事に打ち懸《かか》らんず気色《けしき》に見えた。判事総長は泰然自若、皇太子に向って励声《れいせい》一番した。「殿下、本官は今皇帝陛下の御座を占めつつあることを御記憶あらせられよ。皇帝陛下は実に殿下の父君にしてまた君主にておわ
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