ノの注は、「マースールのカリフ」を著者の書き間違いとし、「アッバス朝二代のカリフがマンスール」であるとする]は、氏をバグダッドに召して、その説を傾聴し、これに擬するに判官の栄職をもってした。しかも石にあらざる氏の素志は、決して転《ころ》ばすことは出来なかった。性急なる王は、忽ち怒を発して、氏を獄に投じたので、この絶世の法律家は、遂に貴重なる一命を囹圄《れいご》の中に殞《おと》してしまった。
 ローマ法族の法神パピニアーヌスは誣妄《ふぼう》の詔を草せずして節に死し、回々法族の法神ハネフィヤは栄職を却《しりぞ》けて一死その志を貫いた。学者|一度《ひとたび》志を立てては、軒冕《けんべん》誘《いざな》う能わず、鼎※[#「※」は「金偏に草冠+隻」、第3水準1−93−41、26−12]《ていかく》脅《おびや》かす能わざるものがなくてはならぬ。匹夫《ひっぷ》もその志は奪うべからず、いわんや法律家をや。
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 三 神聖なる王璽


 国王の璽《じ》は重要なる君意を公証するものであるから、これを尚蔵する者の責任の大なることは言を待たぬところである。故に御璽《ぎょじ》を保管する内大臣に相当す
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