A民がその何の故たるを知らぬ命令、即ち何らの社会的価値なき法律を設けて、信賞必罰をもってその実行を期するという態度は、誠に刑名法術者流の根本的誤謬であって、彼ら自身「法を造るの弊」を歎ずるの失敗に陥ったのみならず、この法律万能主義のために、かえって永く東洋における法律思想の発達を阻害する因をなしたのは、歎ずべく、また鑑《かんが》みるべき事である。
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一五 側面立法(Oblique legislation)
土佐の藩儒|野中兼山《のなかけんざん》は宋儒を尊崇して同藩に宋学を起した人であるが、専《もっぱ》ら実行を主とした学者であって、立言の儒者ではなかった。したがってその著作は多く伝わっていないが、その治績の後世に遺《のこ》ったものは少なくない。即ち仏堂を毀《こぼ》ち、学校を興《おこ》し、瘠土《せきど》を開拓して膏腴《こうゆ》の地となし、暗礁を除いて航路を開き、農兵を置き、薬草を植え、蜜蜂を飼い、蛤蜊《こうり》を養殖するなど、鋭意新政を行って四民を裨益したことは頗《すこぶ》る多かった。
しかしながら、彼は資性剛毅の人であったこととて、新政を行うにも甚だ峻厳を極めて
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