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  五 商法延期戦

 かくの如く法典発布の前より既に論争が始まっておったのであるが、法典は竟《つい》に発布せられ、且つその施行期日も切迫して来たことであるから、英法派は、第一帝国議会において、極力その実施を阻止せんとし、商法の施行期限を明治二十六年一月一日、即ち民法の施行期日まで延期するという法律案を衆議院に提出することとなった。これ実に法典実施延期論の開戦であって、英法派は法学院を根拠として戦備を整え、仏法派は明治法律学校を根拠として陣容を整え、双方とも両院議員の勧誘に全力をつくし、或は意見書を送付し、或は訪問勧説を行い、或は商工会その他の実業団体より請願書を出さしめなどした。そして、一方政府側においてもまた極力断行派の運動を助け、また新聞紙も、社説、雑報などにおいて各々その左袒《さたん》する説に応援し、なおまた双方の法律家は各所に演説会を開いて声援をなすなど、敵味方の作戦おさおさ怠りなかったが、いよいよ十二月十五日の議案に上る前夜に至っては、双方激昂の余り、中には議員に対して脅迫がましき書状を送った者さえもあったとの事である。衆議院では、延期法案の議事は十二月十五、十
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