フ前身)等があって、互に対峙《たいじ》して各多数の卒業生を出しておった。
 当時の法学教育はかくの如き有様であって、帝国大学の法科大学には英、仏、独の三科があり、私立学校には英法に東京法学院、東京専門学校あり、仏法に明治法律学校、和仏法律学校あり、ドイツ法律家はまだ極めて少数であったから、あたかも延期問題の生じた時分には、我邦の法律家は英仏の二大派に分れておったのである。

  四 延期戦の起因

 かくの如き有様のところへフランス人の編纂した民法とドイツ人の編纂した商法とが発布せられ、しかも商法の如きは千有余条の大法典でありながら、公布後僅に八箇月にして、法律に慣れざる我商業者に対してこれを実施しようとしたのであるから、これについて一騒動の起るのは固《もと》より当然の事であった。
 政府が憲法の実施、帝国議会の開会を目の前に控えながら、これを待たずして倉皇《そうこう》二大法典を発布したのは、聊《いささ》か憲法実施の始より帝国議会を軽視したる如き嫌いがないでもないが、その実は法典編纂が治外法権撤去の条件となっておったので、もしこれを帝国議会の議に附したなら、非常に隙取《ひまど》る恐れが
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