フである。
現今の債務者には、この位の事では驚かない連中が多い。死にたければ勝手に死ねという調子で、平気なものであろう。また催促する方でも、腹が減ればやがて立ち去るのであろうが、古代の人間は中々真面目である。センカス・モアにも、断食居催促に対して担保を供せざる者は、神人共にこれを容れずと記し、僧侶(Druid)も、債権者を餓死せしめたる者は、死後天の冥罰を蒙るべきものなりと説き、人民も一般にかく信じておったのである。故にこの催促法は頗る効力のあったものと思われる。
しかるに殆んど同一の風習が、東洋にも存在していたのは、甚だ面白い現象である。インドの古法(Vyavahara Mayuka)にも、戸口の見張(Watching at the door)という催促法が載せてあるが、マヌ(Manu)その他の法典にはダールナ(Sitting dharna)なる弁済督促法が載せてある。これも同じく断食居催促の法であって、普通人が行っても効力があるが、特に婆羅門僧(Brahmin)がこれを行うと、一層の効果を奏するのであった。というのは、婆羅門《ばらもん》僧は、人も知る如く、インド民族の最上階級で
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