げて]む    す
[#ここから2字下げ、「一二」は返り点]
右は夫伊兵衛川中に死し有之を見出し、訴出候処、父甚五兵衛兄四郎兵衛両人にて殺候儀致二露顕一、親兄共に解死人として死罪に罷成《まかりなり》候、夫殺され親兄死罪に罷成候上は、其身も尼に致させ、鎌倉松ヶ岡東慶寺へ差遣候。
   卯十月二十七日[#「19字下げて地より3字上げで]秋元但馬守
[#ここで字下げ終わり]

 今日より見れば、本件の「むす」なる婦人の罪なきことは、固より明々白々の事であって、鳳岡・白石の二大儒がかくの如くその脳漿《のうしょう》を絞って論戦するほどのことではないようであるが、当時支那道徳が形式上甚だしく尊重せられておったことと、且つは徳川幕府が総べて主人その他尊長に対する罪科を特に重大視してこれを厳罰する方針であったために、かくの如き論戦を惹起したものであろう。
[#改ページ]

 八○ 罪の語義


 「ツミ」なる語の意義については、本居宣長|大人《うし》の「大祓詞後釈」を始めとして、古来種々の解釈が試みられているが、伊勢貞丈の「安斎随筆」には「つめる」にて即ち「膚を摘み痛むるより起る詞なるべし」という意見
前へ 次へ
全298ページ中228ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
穂積 陳重 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング