Recht von Gortyn.
Baunack, Die Inschrift von Gortyn.
Lewy, Altes Stadtrecht von Gortyn.
Bernhoft[「o」はウムラウト(¨)付き], Die Inschrift von Gortyn.
Simon, Die Inschrift von Gortyn.
Dareste, La Loi de Gortyn.
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四四 エジェリヤの涙泉
ローマの市外、程遠からぬ近郊に、その名もゆかしき「神聖の森」(Bosco Sacro)という一つの森が今なお保存せられてある。千年の老樹は鬱蒼《うっそう》として昼なお暗きまでに繁茂しているが、その一部分の懸崖をなしている処に、瓦磚《がせん》を積み上げて作られた一つの瓦壁がある。この瓦壁の中央のやや凹《くぼ》みたる処に横臥したる一女神の像を安置してあるが、鮮苔《せんたい》いたずらに壁上に青くして千載の昔を忍ばしむるが如く、神像の手と首は既に欠け失われて、うたた世運の変遷を歎ずるが如くに見えている。女神像の下より珊々《さんさん》の音を立てて流れ落つる三条の清水、これが即ち世に名高いエジェリヤの涙泉で、神像は言うまでもなく、エジェリヤの像である。
宗教的立法に依って後の大ローマ帝国の基礎を固めたかのヌーマ王が、女神エジェリヤの恋愛を受けてしばしばカメーネの森(水神の森)で密会したという神秘的恋物語の旧跡は即ちこのBosco Sacroであって、ここでヌーマは女神の教に依って、その礼法を制定したのだと今に至るまで言い伝えられている。
ローマの建国は、たといロムルスの兵威と戦勝とに依ること多かったとしても、これに次ぐにヌーマの立法をもってするに非《あら》ずんば、到底他日の世界帝国の基を開くことが出来なかったに相違あるまい。兵に依って創業し、法に依って守成するものは、その国必ず永く栄える。ヌーマのローマにおけるが如きも、また恐らくはその一例となすべきであろう。
ヌーマはもと被征服者たるサビーニ人であった。しかるに初代ロムルス王の歿した後ち、市民の黙止《もくし》難き推戴に依って遂に王位に即いたが、勇悍《ゆうかん》にして粗野なる人民を統御するには、信仰と法制との力に依らねばならぬとは、彼が夙《はや》くより気附
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