文明教育論
福沢諭吉
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)脩《おさ》めて
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)活溌|敢為《かんい》
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今日の文明は智恵の文明にして、智恵あらざれば何事もなすべからず、智恵あれば何事をもなすべし。然るに世に智徳の二字を熟語となし、智恵といえば徳もまた、これに従うものの如く心得、今日、西洋の文明は智徳の両者より成立つものなれば、智恵を進むるには徳義もまた進めざるべからずとて、或る学者はしきりに道徳の教をしき、もって西洋の文明に至らんとする者あり。もとより智徳の両者は人間欠くべからざるものにて、智恵あり道徳の心あらざる者は禽獣にひとしく、これを人非人という。また徳義のみを脩《おさ》めて智恵の働あらざる者は石の地蔵にひとしく、これまた人にして人にあらざる者なり。
両者のともに欠くべからざるは右の如くなりといえども、今日の文明は道徳の文明にあらず。昔日《せきじつ》の道徳も今日の道徳も、その分量においてはさらに増減あることなく、啻《ただ》に増減あらざるのみならず、古書に載するところをもって果して信とせば、道徳の量
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