わるに要用なるものにして、かの居家の道徳に比すれば、その働くところを異にするが故に、その重んずる所もまた自《おの》ずから相《あい》異《こと》ならざるを得ず。
例えば私有の権というが如きは、戸外において最も大切なる箇条にして、これを犯すものは不徳のみならず、冷淡無情なる法律においても深く咎《とが》むる所なれども、一歩を引いて家の内に入れば甚だ寛《ゆるや》かにして、夫婦親子の間に私有を争うものも少なし。家の内には情を重んじて家族相互いに優しきを貴《たっと》ぶのみにして、時として過誤《あやまり》失策《しくじり》もあり、または礼を欠くことあるもこれを咎めずといえども、戸外にあっては過誤も容易に許されず、まして無礼の如きは、他の栄誉を害するの不徳として、世間の譏《そし》りを免《まぬか》るべからず。これを要するに、戸外の徳は道理を主とし、家内の徳は人情を主とするものなりというて可ならん。即ち公徳私徳の名ある所以《ゆえん》にして、その分界《ぶんかい》明白なれば、これを教うるの法においてもまた前後本末の区別なかるべからざるなり。
例えば支那流に道徳の文字を並べ、親愛、恭敬、孝悌、忠信、礼義、廉潔、
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