これはただ外見外聞の噂のみ。即ちその風波の生ぜざるは、ただ家法の厳にして主公の威張るがためにして、これを形容していえば、圧制政府の下に騒乱なきものに異ならず。ただ表に破裂せざるのみ。その内実は風波の動揺を互いの胸中に含むものというべし。されば、男尊女卑、主公圧制、家人卑屈の組織は、不品行の家に欠くべからざるの要用にして、日々夜々《にちにちやや》、後進の子女をこの組織の中に養育することなれば、その子女後年の事もまた想い見るべし。我輩の特《こと》に憐れむ所のものなり。天下広し家族多しといえども、一家の夫婦・親子・兄弟姉妹、相互いに親愛恭敬して至情を尽し、陰にも陽にも隠す所なくして互いにその幸福を祈り、無礼の間に敬意を表し、争うが如くにして相《あい》譲《ゆず》り、家の貧富に論なく万年の和気悠々として春の如くなるものは、不品行の家に求むべからざるの幸福なりと知るべし。
君子の世に処するには、自ら信じ自ら重んずる所のものなかるべからず。即ち自身の他に擢《ぬき》んでて他人の得て我に及ばざる所のものを恃《たの》みにするの謂《いい》にして、あるいは才学の抜群なるあり、あるいは資産の非常なるあり、皆以
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