ず。その家人と共に一家に眠食して団欒たる最中にも、時として禁句に触れらるることあれば、その時の不愉快は譬《たと》えんに物なし。無心の小児が父を共にして母を異《こと》にするの理由を問い、隣家には父母二人に限りて吾が家に一父二、三母あるは如何《いかん》などと、不審を起こして詰問に及ぶときは、さすが鉄面皮《てつめんぴ》の乃父《だいふ》も答うるに辞《ことば》なく、ただ黙して冷笑するか顧みて他を言うのほかなし。即ちその身の弱点《よわみ》にして、小児の一言、寸鉄|腸《はらわた》を断つものなり。既にこの弱点あれば常にこれを防禦するの工風《くふう》なかるべからず。その策|如何《いかん》というに、朝夕《ちょうせき》主人の言行を厳重正格にして、家人を視《み》ること他人の如くし、妻妾児孫をして己れに事《つか》うること奴隷の主君におけるが如くならしめ、あたかも一家の至尊には近づくべからず、その忌諱《きき》には触《ふ》るべからず、俗にいえば殿様旦那様の御機嫌は損ずべからずとして、上下尊卑の分《ぶん》を明らかにし、例の内行禁句の一事に至りては、言《こと》の端《は》にもこれをいわずして、家内、目を以てするの家風を養
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