を譬《たと》えば、ここに高きものと低きものと二様ありて、いずれも程好《ほどよ》き中《ちゅう》を得ざるゆえ、これを矯《た》め直《なお》さんとして、ひたすらその低きものを助け、いかようにもしてこれを高くせんとて、ただ一方に苦心するのみにして、他の一方の高きに過ぐるものを低くせんとするの手段に力を尽さざりしものの如し。物の低きに過ぐるは固《もと》より宜《よろ》しからずといえども、これを高くして高きに過ぐるに至るが如きは、むしろ初めのままに捨て置くに若《し》かず。故に他の一方について高きものを低くせんとするの工風《くふう》は随分|難《かた》き事なれども、これを行《おこの》うて失策なかるべきが故に、この一編の文においては、かの男子の高き頭《ず》を取って押さえて低くし、自然に男女両性の釣合をして程好《ほどよ》き中《ちゅう》を得せしめんとの腹案を以て筆を立て、「日本男子論」と題したるものなり。
世に道徳論者ありて、日本国に道徳の根本標準を立てんなど喧《かまびす》しく議論して、あるいは儒道に由《よ》らんといい、あるいは仏法に従わんといい、あるいは耶蘇《ヤソ》教を用いんというものあれば、また一方にはこ
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