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五月 日[#地から2字上げ]福沢諭吉
森文部大臣殿
倫理教科書の目的は、人の徳心を養成せんとするにあるか、ただしは人をして人心の働《はたらき》を知らしめんとするにあるか。けだし心理を知る者、必ずしも徳行の君子に非ず、徳行の君子、つねに心理学に明らかなるものに非ず。両者の間に区別あるは、もとより論をまたざるところなり。本書すでに教科書の名あるからには、これによりて少年学生輩の徳心を誘導して、純良の君子たらしめんとの目的なるべし。
然らばすなわち、徳行の条目を示し、人たるものはかくあるべし、かくあるべからずと、ていねい反覆その利害を説明して、少年の心を薫陶《くんとう》するこそ、徳育の本意なるべきに、全編の文面を概すれば、むしろ心理学の解釈とも名づくべきものにして、読者をしておよそ人心の働を知り、その運動の様《さま》を了解せしむるには足るべしといえども、これによりて徳心の発育を促すの効用いかんにおいては、いささか足らざるものあるが如し。
されども編末の備考に、「この書に載するところはただ倫理の要領のみにして、広く例を集めつまびらかに
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