に従い、老して子に従うと言うが如き、徳義一偏より言えば或は不可なきが如くなれども、定めなき世の心波情海を渡らんとするには人事の浮沈常ならずして、彼の夫に従い子に従うと言う其従順は化して屈伏盲従の姿と為り、万事不如意に苦しむの例なきに非ず。主人の貪欲不人情、竈《かまど》の下の灰までも乃公《だいこう》の物なりと絶叫して傍若無人ならんには、如何に従順なる婦人も思案に余ることある可し。此時に当り婦人の身に附きたる資力は自から強うするの便りにして、徐々に謀《はかりごと》を為すこと易し。仮令《たと》い斯くまでの極端に至らざるも、婦人の私に自力自立の覚悟あれば、夫婦相対して夫に求むることも少なく、之を求めて得ざるの不平もなく、筆端或は皮肉に立入りて卑陋《ひろう》なるが如くなれども、其これを求めざるは両者の間に意見の衝突を少なくするの一助たる可し。古語に衣食足りて礼譲興ると言う。婦人に資力なきは喩えば衣食足らざるものゝ如し。父母たる者が之に財産を分与するは、我愛女に衣食を豊にして夫婦の礼を知らしむるの道なりと知る可し。但し婦人に財産を与えても自から之を処理するの法を知らざれば、幾千万の金も有て無きが如し。既に之を所有すれば其安全を謀り其用法を工夫し、世間の事情を察し又人の言を聞き、妄《みだ》りに疑う可らず妄りに信ず可らず、詰り自分一人の責任にこそあれば、之に処するの法決して易からず。西洋諸国良家の女子には此辺の事に就て漠然たらざる者多しと言う。等閑に看過す可らざる所のものなり。


新女大学終
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左の一篇の記事は、女大学評論並に新女大学を時事新報に掲載中、福沢先生の親しく物語られたる次第を、本年四月十四日の新報に記したるものなり。本著発表の由縁を知るに足るべきを以て茲に附記することゝせり。
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   明治三十二年九月[#地から2字上げ]時事新報記者 識


     福沢先生の女学論発表の次第

 時事新報の紙上に順次掲載しつゝある福沢先生の女大学評論は、昨日にて既に第五回に及びたり。先生が此論を起草せられたる由来は、序文にも記したる如く一朝一夕の思い付きに非《あら》ず、恰《あたか》も先天の思想より発したるものなれども、昨年に至り遽に筆を執て世に公にすることに決したるは自から謂われなきに非ず。親しく先生の物語られたる次第を
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