ず温顔以て之に接して侮《あなど》ることなきと同時に、窃《ひそか》に其無教育破廉恥を憐むこそ慈悲の道なれ。要は唯其人の内部に立入ることを為さずして度外に捨置き、事情の許す限り之を近づけざるに在るのみ。
一 夫妻同居して妻たる者が夫に対して誠を尽す可きは言うまでもなき事にして、両者一心同体、共に苦楽を与《とも》にするの契約は、生命を賭して背く可《べか》らずと雖も、元来両者の身の有様を言えば、家事経営に内外の別こそあれ、相互に尊卑の階級あるに非ざれば、一切万事対等の心得を以て自から屈す可らず、又他をして屈伏せしむ可らず。即ち結婚の契約より生じたる各自の権利あるが故なり。故に婦人は柔順を尊ぶと言う。固《もと》より女性《にょしょう》の本色にして、大に男子に異なり、又異ならざるをえず。我輩の飽くまでも勧告奨励する所にして、女徳の根本、唯一の本領なりと雖も、其柔順とは言語挙動の柔順にして、卑屈盲従の意味に非ず。大節に臨んでは父母の命《めい》を拒《こば》み夫の所業に争うことある可し。例えば家計云々の為めに娘を苦界に沈めんとし、又は利益の為めに相手を選ばずして結婚せしめんとするが如き、都《すべ》て父母の利心に生じて子を弄ぶものなれば、仮令い親子の間にても断然その命を拒絶して可なり。親子の間既に斯の如くなれば夫婦の間も亦然り。夫が戸外の経営に失敗して貧窮に沈むが如きは、是れは夫婦諸共の不幸にして、双方の間に一点の苦情ある可らず。一沈一浮共に苦楽を同うす可しと雖も、其夫の品行|修《おさま》らずして内に妾を飼い外に花柳に戯れ、敢て獣行を恣《ほしいまま》にして内を顧みざるが如きは、対等の配偶者を侮辱し虐待するの罪にして断じて許す可らず。内君たる者は死力を尽して之を争う可し。世間或は之を見て婦人の嫉妬など言う者もあらんなれども、凡俗の評論取るに足らず、男子の獣行を恣《ほしいまま》にせしむるは男子その者の罪に止まらず、延《ひ》いて一家の不和不味と為り、兄弟姉妹相互の隔意と為り、其獣行翁の死後には単に子孫に病質を遺して其身体を虚弱ならしむるのみならず、不徳の悪風も亦共に遺伝して、家人和合の幸福は固より望む可らず。甚だしきは骨肉相争い、親戚陰に謀り、家名の相続、財産の分配等、争論百出、所謂御家騒動の大波瀾を生じて人に笑わるゝの事例さえなきに非ず。而して其不和|争擾《そうじょう》の衝《しょう》に当る者
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