共に去り、ホームズと私とは荒地《あれち》の中を静かに歩いていた。太陽はケープルトン調馬場の彼方に沈みかけて、眼前のゆるやかな傾斜を持つ平原は金色《きんしょく》に染まり、枯れ羊歯や茨のある部分は濃いばら色がかった褐色に燃えた。が、深い思索に耽っているホームズにとっては、それ等の光景は何んでもなかった。
「我々のとるべき道はだね、ワトソン君」
 しばらくして彼はいい出した。
「ジョン・ストレーカは誰が殺したかの問題はしばらく措いて、馬はどうなったかを専ら考えてみよう。いま、馬は、ストレーカが殺されているうちまたは殺された後で逸走したものとすると、一体どこに逃げるだろう? 馬というものは非常に群集性の強い動物だ、だから、もし自由に放り出しておいたら本能的にキングス・パイランドへ帰るか、ケープルトンへ行くかするに違いない。どうしてこの荒地《あれち》をうろついているものか! それだったら今までにちゃんと発見されているに決まっている。また、ジプシーがどうして馬を誘拐するものか、[#「、」は底本では欠落]ジプシーというものは警察にいじめられるのを厭うから、何か事が起ったときけばすぐにその場所を引き払うものだ。あんな名馬は売ろうたって売れもしない。だから馬をつれて逃げるなんてことは、非常な危険があるばかりで、何等利益がない。これは間違いのないところだ」
「じゃ一体どこにいるんだろう?」
「いまいった通り、キングス・パイランドへ帰ったか、ケープルトンへ行ったに違いない。しかるにキングス・パイランドへは帰っていないんだからケープルトンへ行ったものに違いない。これを差当り実行的仮定として、それがどういうことになるか、研究してみよう。荒地《あれち》のうちでもこの辺は警部もいってるように極めて土地が固くて乾燥しているけれども、ケープルトンの方へ行くに従って低くなっていて、見たまえ、あそこに細長く凹《くぼ》んだところがある。あの辺は兇行のあった月曜日の晩には、非常にぐしょぐしょだったに違いない。もし我々の想像が当ってるなら、馬はあそこを通っているはずだから、あそここそ足跡が残っている場所でなければならない。」
 ホームズがこう話す間、私達はすたすたとその方へ歩いて行ったが、二三分で問題の凹みのところまで来た。ホームズの要求によって私はその凹みの縁《ふち》を右の方へ辿って行き、ホームズ自身は左の方へ行った。が、五十歩と歩かぬうちにホームズが急に声を挙げたので振り返ってみると、来い来いをやってるので、行ってみると、そこの軟らかい土の上に馬蹄の跡が判然といくつもついていた。ホームズがポケットから蹄鉄を出して当てがってみると、それがぴったり符合した。
「想像力の有難味が分るだろう? グレゴリにはこの素質だけが欠けているんだ。我々が想像力を働かして事件を仮定し、その仮定に従って取調べの歩を進めた結果、その仮定の正しかったことを確めたんだ。さ、行ってみよう」
 私達はじめじめした凹地を越えて、乾いて固い草土を四分の一哩ばかり歩いて行った。と、再び土地の傾斜しているところがあり、そこにも馬蹄の跡があった。また半哩ばかり何んにもなくて、ケープルトンにかなり近くなってからまたまた発見された。それを最初に発見したのはホームズであったが、彼は得意げにそれを指さして見せた。馬蹄の跡に並んで、男の靴あとが明らかに認められたのである。
「これまでは馬だけだったのに!」
 私は思わずに走った。
「その通りさ。今までは馬だけだったんだ。や、や、これはどうだ!」
 人と馬との足跡はそこで急に方向を転じて、キングス・パイランドの方へ向っていたのである。ホームズは呻吟したが、そのままその足跡を追って新らしい方向へ歩き出した。そして、彼はじっと足跡ばかり見て歩いたが、私はふと横の方に眼をやってみると、驚いたことには、少し離れたところに同じ足跡が、再びケープルトンの方へ向っているのを発見した。私がそれを注意すると、ホームズは、
「ワトソン君、お手柄だ! おかげでうんと無駄足をふまされるのが助かった。さ、あの足跡を辿って進もう」
 そこから先きはあまり歩かなくともよかった。足跡はケープルトン調馬場の厩舎の入口に通ずるアスファルト舗装の道路の前でつきていたのである。そこまで歩いて行くと、厩舎から一人の馬丁が飛び出して来た。
「ここは用のない者の来るところじゃねえだよ」
「いや、ちょっとものを伺いたいのだがね」
 ホームズは二本の指をチョッキのポケットへ入れていった。
「明日の朝五時に来たいと思うんだけれど、サイラス・ブラウンさんに会うにはちと早すぎるかね?」
「ようがしょうとも。来さえすれば会えますだ。旦那はいつでも朝は一番に起きるだから。だが、そういえば旦那が出て来ましたぜ。お前さまじかにきいてみ
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