・ダービシャ宛に出した、合計三十七ポンド十五シルの勘定書です。ストレーカの妻君の話によれば、ダーヴィシャというのは夫の友達で、ここへもちょいちょいダーヴィシャ宛に手紙が来たということです」
「ダーヴィシャ夫人の帽子だとすると、夫人はなかなか贅沢家だな」
と、ホームズは勘定書を眺めながらいった。
「一枚の着物に二十二ギンもかけるとは、ちと奢りすぎる。しかし、これでここはもう済んだようですから、今度は兇行の現場を見せてもらいましょうか」
居間からどやどやと出て行くと、廊下に一人の婦人が待ち構えていたのがつかつかと進んで来てグレゴリ警部の腕に手をかけた。憔悴し切った顔に焦慮しているらしい胸の中《うち》をそのまま現わして、まだおどおどと恐ろしそうにしている。
「あの、捕まったんですか?」
「いや、まだですよ奥さん。しかし、このホームズさんがロンドンからわざわざ加勢に来て下さいましたから、一同で出来るだけはやってみるつもりです」
「ああ、あなたにはいつぞやプリマスで園遊会の時お目にかかりましたね、ストレーカさん」
と、ホームズはいった。
「さあ、いいえ、それは何かのお間違いでございましょう」
「おや、そうですかいやいやたしかにお目にかかりましたよ。あの時あなたは鳩色絹の服に駝鳥の羽根の飾りをつけて、来ていらしったじゃありませんか」
「いいえ、私はそんな服はもってはおりません」
「ああ、それでは間違いでした」
ホームズはちょっと失礼を詑びて、警部を追って外へ出た。荒地《あれち》を通って少しばかり行くと、死体のあったという凹みへ出た。凹みの縁《へり》にははりえにしだ[#「はりえにしだ」に傍点]の藪が繁っていた。そこへストレーカの外套はかかっていたのである。
「その晩は風はありませんでしたね?」
ホームズは訊ねた。
「風はちっともありませんでしたが、雨はどしゃ降りでした」
「そうすると、外套は風に吹き上げられたんじゃなくて、誰かがそこへおいたんだということになりますね」
「そうです。灌木の上へちゃんとのせておいたものです」
「ふむ、面白いですね。地面はひどく踏みにじられているようですが、兇行以来いろんな人が歩き廻ったんでしょうね?」
「いいえ、ここんところへ莚《むしろ》を敷いて、みんなその上にいることにしました」
「そいつはよかったです」
「この鞄の中にストレーカの穿いていた靴を片っ方と、フィツロイ・シムソンのを一つと、それから白銀の蹄鉄の型を一つ持って来ました」
「ほう! それあ大出来でしたな、グレゴリさん!」
ホームズは鞄を受取って凹みの底へ降りて行き、莚を真中の方へやってその上に腹這いになり、両手に顎をのせて眼の前の踏みにじられた泥を注意深く研究していたが、突然、
「や、や、これは何んだ?」
と叫んだ。
ホームズの発見したものは泥がついて、ちょっと見ると小さな木の枝か何かのように見えたが、蝋マッチの半分ばかり燃え残ったものであった。
「はて、どうして私はそんなものを見落しましたかな」
と、警部は少し苦い顔をした。
「泥に埋《うず》もれていたから分らなかったんですよ、私はこいつを探すつもりでいたから見つかったんです」
「えッ! 初めからあるものと思って探しにかかったんですか?」
「あってもいいはずだと思ったんです」
ホームズは鞄から靴を出して、それを泥の上の型に一つ一つ合せてみた。それから凹みの縁《ふち》へ上って来て、羊歯や灌木の間をうろうろと這い廻った。
「もう何んにもありゃしますまいよ」
警部はその後姿を眼で追いながらいった。
「百ヤード四方は私が念入りに調べてみたんですからな」
「ですがね」
ホームズは起き上って、
「あなたがそうまで仰しゃるのを探し廻るのは失礼ですから止めましょう。その代り日が暮れるまでこの荒地《あれち》を少し散歩してみたいと思います。そうすれば明日の調べには地理が分って好都合ですから。それからこの蹄鉄は幸運のお呪《まじな》いにポケットへ入れて行きましょう」
ロス大佐はさっきから、ホームズの組織的な調べ方にあきあきしていたらしく、この時時計を出してみていった。
「警部さんは私と一緒にお帰りを願いたいですな。あなたに御相談願いたいことがいろいろありますから。そして白銀の名を今度の競馬から取除いてもらうことが、公衆に対する義務ではないかと思うもんですからな」
「その必要は絶対にありません」
ホームズが傍からはっきりといい切った。
「名前をそのままにしておくだけのことは必ず私がして上げます」
大佐は一礼して、
「そのお言葉を承わるのは非常に欣快です。私達はストレーカの家でお待ちしますから、散歩がおすみでしたらお帰り下さい。御一緒にタヴィストックへ馬車で帰りましょう」
大佐はグレゴリ警部と
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