多年の実験によってこれを案ずるに、書を読むこといよいよ深き者は、いよいよ沈黙するが如し。而《しこう》してその黙するや、これをいうを忘れたるに非ず、時あっていうときは、その言も亦《また》適切にして、忌憚《きたん》するところなきがゆえに、時としては俗耳を驚かすことなきに非ざれども、これはただ聴者不学の罪のみ。その適例は近きにあり。
 近来世上に民権の議論しきりにかしましくして、外国にも先例なきが如きそのゆえんは何ぞや。今の民権論者は近来はじめてこれらの論旨を聞き得て、その奇異に驚き、これに驚き、これに動揺して、あたかも聾盲の耳目を開きたるが如きものなればなり。もとよりその論者中には、多年の苦学勉強をもって、内に知識を蔵《おさ》め、広く世上の形勢を察して、大いに奮発する者なきに非ず。
 我が輩、その人を知らざるに非ずといえども、概してこれを評すれば、今の民権論の特にかしましきは、とくに不学者流の多きがゆえなりといわざるをえず。実際には行われ難き事なれども、もしも諸方に行わるる政談演説を聴きて、その論勢の寛猛粗密を統計表につくりて見るべきものならば、そのいよいよ粗暴にして言論の無稽なる割合にし
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