大いに読書の力を増すべし。
 右の如く三ヶ月と六ヶ月と、また六ヶ月にて一年三月なり。決してこの間に成学《せいがく》するというにはあらず。もちろん人々《にんにん》の才・不才もあれども、おおよそこれまで中等の人物を経験したるところを記せしものなり。独見《どくけん》もでき、翻訳もでき、教授もでき、次第に学問の上達するにしたがい、次第に学問は六《む》ッかしくなるものにて、真に成学したる者とては、慶応義塾中一人もなし。恐らくば、日本国中にも洋学すでに成れりという人物はあるまじく、ただ深浅の別あるのみ。
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一、学費は物価の高下によりて定め難し。されどもまず米の相場を一両に一|斗《と》と見込み、この割合にすれば、たとい塾中におるも外に旅宿するも、一ヶ月金六両にて、月俸、月金、結髪、入湯、筆紙の料、洗濯の賃までも払うて不自由なかるべし。ただし飲酒は一大悪事、士君子たる者の禁ずべきものなれば、その入費を用意せざるはもちろんなれども、魚肉を喰らわざれば、人身滋養の趣旨にもとり、生涯の患《うれい》をのこすことあるゆえ、おりおりは魚類獣肉を用いたきものなり。一ヶ月六両にては、とても肉食の沙汰に及び難し。一年百両ならば十分なるべし。
一、入社の後、学業上達して教授の員に加わるときは、その職分の高下に応じ、塾中の積金をもって多少に衣食の料を給すべし。生徒より受教の費を出さしむるは、これらのためなり。
一、洋書の価は近来まことに下直《げじき》なり。かつ初学には書類の入用も少なく、大略左の如し。

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理学初歩    価一分一朱
義塾読本文典  価一分
和英辞書    価三両二歩
地理書    ┌一部に付
窮理書    ┤弐両より
歴史     └四両まで
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 右にて初学より一年半の間は不自由なし。このほかに価八、九両ばかりの英辞書一部を所持すればもっともよし。

  明治二年|己巳《つちのとみ》八月[#地から2字上げ]慶応義塾同社 誌《しるす》



底本:「福沢諭吉教育論集」岩波文庫、岩波書店
   1991(平成3)年3月18日第1刷発行
底本の親本:「福沢諭吉選集 第3巻」岩波書店
   1980(昭和55)年12月18日第1刷発行
入力:田中哲郎
校正:noriko sai
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