、殖産の実地に施し、もって一身一家の富をいたしたる者にして、世に名声も香《かんば》しきことなれども、少壮の時より政府の官につき、月給を蓄積して富豪の名を成したる者あるを聞かず。もしもこれあれば、いわゆる守銭奴として世に齢《よわい》せられざることならん。されば今日《こんにち》、我が日本国の教育を蒙りたる学者は、とうてい殖産の社会に適用すべき者にあらず。殖産に不適当なる人物なれば、いかなる卓識の先生も、いかなる専門芸能の学士も、碁客《ごかく》将棋師に等しくして、とても一家の富を起すに足らず。一家富まざれば一国富むの日あるべからず。教育の目的、齟齬《そご》したるものというべし。
日本の教育がなにゆえにかくも齟齬したるやと尋ぬるに、教育さえ行きとどけば、文明の進歩、一切万事、意の如くならざるはなしと信じて、かえってその教育を人間世界に用うるの工風を忘れたるの罪なりと答えざるをえず。人間世界は存外に広くして存外に俗なるものなり。文明の頂上と称する国々に於てもなおかつ然り。まして日本の如き、その文明の実価はともかくも、西洋流の文明についてはすべて不案内なるこの人民に向い、高尚なる学校教場の知見を
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