、吾々はなおこれに安んずるを得ず。よって本月初旬より、内外の社員教員相ともに談じたることもあれば、自今都合次第にしたがい、教場また教則に少しく趣を変ずることもあるべし。学生諸氏は決してこれを怪しむなかれ。吾々は諸氏の自尊自重を助成する者なり。
 本塾に入りて勤学数年、卒業すれば、銭《ぜに》なき者は即日より工商社会の書記、手代、番頭となるべく、あるいは政府が人をとるに、ようやく実用を重んずるの風を成したらば、官途の営業もまた容易なるべく、幸にして資本ある者は、新たに一事業を起して独立活動を試みんべく、あるいは地方の故郷に帰りて、ただちに父兄を助け、または家を相続して、たしかに遺産を保護し、また増殖するの知見と胆力とを得せしめんと欲する者なり。本来無き家産を新たに起すは、もとより難しといえども、すでに有る家産を守るもまた、はなはだ易からずして、その難易はいずれとも明言し難きほどのものなれば、貧富ともに勉むべきは学問にして、ただその教場をして仙境ならしめざること、吾々のつねに注意して怠らざるところなれば、学生諸氏もおのおの自から心してこの注意を空しゅうせしむるなかれ。



底本:「福沢諭吉教育論集」岩波文庫、岩波書店
   1991(平成3)年3月18日第1刷発行
底本の親本:「福沢諭吉選集 第3巻」岩波書店
   1980(昭和55)年12月18日第1刷発行
初出:「時事新報」時事新報社
   1886(明治19)年2月2日発行
※本作品は「修業立志編」に「學問の要は實學にあり」として収録されています。
入力:田中哲郎
校正:noriko saito
2009年1月13日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
前へ 終わり
全3ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
福沢 諭吉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング