ず、上士《じょうし》の用人役《ようにんやく》たる者に対しても、同様の礼をなさざるを得ず。また下士《かし》が上士の家に行けば、次の間より挨拶《あいさつ》して後に同間《どうま》に入り、上士が下士の家に行けば、座敷まで刀を持ち込むを法とす。
また文通に竪様《たてざま》、美様《びざま》、平様《ひらざま》、殿付《とのづ》け等の区別ありて、決してこれを変ずべからず。また言葉の称呼《しょうこ》に、長少の別なく子供までも、上士の者が下士に対して貴様《きさま》といえば、下士は上士に向《むかっ》てあなたといい、来《き》やれといえば御《お》いでなさいといい、足軽が平士《ひらざむらい》に対し、徒士《かち》が大臣《たいしん》に対しては、直《ただち》にその名をいうを許さず、一様に旦那様《だんなさま》と呼《よび》て、その交際は正《まさ》しく主僕の間のごとし。また上士の家には玄関敷台を構えて、下士にはこれを許さず。上士は騎馬《きば》し、下士は徒歩《とほ》し、上士には猪狩《ししがり》川狩《かわがり》の権を与えて、下士にはこれを許さず。しかのみならず文学は下士の分にあらずとて、表向《おもてむき》の願を以て他国に遊学《ゆうがく》するを許さざりしこともあり。
これ等《ら》の件々は逐一《ちくいち》計《かぞ》うるに暇《いとま》あらず。到底《とうてい》上下両等の士族は各《おのおの》その等類の内に些少《さしょう》の分別《ぶんべつ》ありといえども、動かすべからざるものに非ず。独《ひと》り上等と下等との大分界《だいぶんかい》に至《いたり》ては、ほとんど人為《じんい》のものとは思われず、天然の定則のごとくにして、これを怪《あや》しむ者あることなし。(権利を異にす)
第二、上等士族を給人《きゅうにん》と称し、下等士族を徒士《かち》または小役人《こやくにん》といい、給人以上と徒士以下とは何等《なんら》の事情あるも縁組《えんぐみ》したることなし。この縁組は藩法においても風俗においても共に許さざるところなり。啻《ただ》に表向の縁組のみならず、古来士族中にて和姦《わかん》の醜聞《しゅうぶん》ありし者を尋《たずぬ》るに、上下の士族|各《おのおの》その等類中に限り、各等の男女が互に通じたる者ははなはだ稀《まれ》なり。(ただし日本士族の風俗は最も美にして、和姦などの沙汰は極めて稀《まれ》に聞くところなり。中津藩士ももとより同様な
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