ふっとう》したれども、その首魁《しゅかい》たる者二、三名の家禄《かろく》を没入し、これを藩地外に放逐《ほうちく》して鎮静《ちんせい》を致したり。
 これ等《ら》の事情を以て、下士の輩《はい》は満腹《まんぷく》、常に不平なれども、かつてこの不平を洩《もら》すべき機会を得ず。その仲間《なかま》の中にも往々《おうおう》才力に富み品行|賤《いや》しからざる者なきに非ざれども、かかる人物は、必ず会計書記等の俗役に採用せらるるが故に、一身の利害に忙《いそが》わしくして、同類一般の事を顧《かえりみ》るに遑《いとま》あらず。非役《ひやく》の輩《はい》は固《もと》より智力もなく、かつ生計の内職に役《えき》せられて、衣食以上のことに心を関するを得ずして日一日《ひいちにち》を送りしことなるが、二、三十年以来、下士の内職なるもの漸《ようや》く繁盛《はんじょう》を致し、最前《さいぜん》はただ杉《すぎ》檜《ひのき》の指物《さしもの》膳箱《ぜんばこ》などを製し、元結《もとゆい》の紙糸《かみいと》を捻《よ》る等に過ぎざりしもの、次第にその仕事の種類を増し、下駄《げた》傘《からかさ》を作る者あり、提灯《ちょうちん》を張る者あり、或は白木《しらき》の指物細工《さしものざいく》に漆《うるし》を塗《ぬり》てその品位を増す者あり、或は戸《と》障子《しょうじ》等を作《つくっ》て本職の大工《だいく》と巧拙《こうせつ》を争う者あり、しかのみならず、近年に至《いたり》ては手業《てわざ》の外に商売を兼ね、船を造り荷物を仕入れて大阪に渡海《とかい》せしむる者あり、或は自《みず》からその船に乗る者あり。
 もとより下士の輩《はい》、悉皆《しっかい》商工に従事するには非ざれども、その一部分に行わるれば仲間中《なかまうち》の資本は間接に働《はたらき》をなして、些細《ささい》の余財もいたずらに嚢底《のうてい》に隠るることなく、金の流通|忙《いそが》わしくして利潤《りじゅん》もまた少なからず。藩中に商業行わるれば上士もこれを傍観《ぼうかん》するに非ず、往々《おうおう》竊《ひそか》に資本を卸《おろ》す者ありといえども、如何《いかん》せん生来の教育、算筆《さんひつ》に疎《うと》くして理財の真情を知らざるが故に、下士に依頼《いらい》して商法を行うも、空《むな》しく資本を失うか、しからざればわずかに利潤の糟粕《そうはく》を嘗《なむ》るの
前へ 次へ
全21ページ中12ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
福沢 諭吉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング