うしゅう》の身分たらんこと、これまた我が輩の祈るところにして、これを要するに、学問をもって政事の針路に干渉せず、政事をもって学問の方向を妨げず、政事と学権と両立して、両《ふたつ》ながら、その処を得せしめなば、政を施すにも易く、学を勉むるにも易くして、双方の便利、これより大なるものなかるべしと信ずるものなり。
 右の如くして、文部省はまったく廃するに非ず、文部省は行政官にして、全国の学事を管理するに行政の権力を要するもの、はなはだ少なからず。たとえば、各地方に令して就学適齢の人員を調査し、就学者の多寡《たか》をかぞえ、人口と就学者との割合を比例し、または諸学校の地位・履歴、その資本の出処・保存の方法を具申せしめ、時としては吏人を地方に派出して諸件を監督せしむる等、すべて学校の管理に関する部分の事は、文部省の政権に非ざれば、よくすべからず。いわんや強迫教育法の如き、必ず政府の権威によりてはじめて行わるべきのみ。
 ただし我が輩はもとより強迫法を賛成する者にして、全国の男女生れて何歳にいたれば必ず学につくべし、学につかざるをえずと強いてこれに迫るは、今日の日本においてはなはだ緊要なりと信ずれども、その学問の風《ふう》をかくの如くして、その教授の書籍は何を用いて何を読むべからずなどと、教場の教授法にまで命令を下すが如きは、また事のよろしからざるものと信ず。これを要するに、学問上の事は一切学者の集会たる学事会に任し、学校の監督報告等の事は文部省に任して、いわば学事と俗事と相互《あいたがい》に分離し、また相互に依頼して、はじめて事の全面に美をいたすべきなり。
 たとえば海陸軍においても、軍艦に乗りて海上に戦い、馬に跨《またがっ》て兵隊を指揮するは、真に軍人の事にして、身みずから軍法に明らかにして実地の経験ある者に非ざれば、この任に堪えず。されども海陸軍、必ずしも軍人のみをもって支配すべからず。軍律の裁判には、法学士なかるべからず。患者のためには、医学士なかるべからず。行軍の時に、輜重《しちょう》・兵粮《ひょうろう》の事あり。平時にも、もとより会計簿記の事あり。その事務、千緒万端《せんしょばんたん》、いずれも皆、戦隊外の庶務にして、その大切なるは戦務の大切なるに異ならず、庶務と戦務と相互《あいたがい》に助けて、はじめて海陸軍の全面を維持するは、あまねく人の知るところならん。
 然らばすなわち全国学問の事においても、教育の針路を定めて後進の学生を導き、文を教え芸学を授くる者は、必ず少年の時より身みずから教育を受けて、また他人を教育し、教場実際の経験ある者にして、はじめてその任にあたるべし。すなわち学者をして学問教育の事を司らしむべきゆえんなれども、また一方より見れば、全国の教育事務はひとり学者のみに任すべからず。これを管理してその事を整斉せしむるには、行政の権力を用いて、いわゆる事務家の働に依頼せざるをえず。
 学者が政権によりて学問を人に強《し》いんとし、事務家が学問の味を知らずして漫《みだり》にこれを支配せんとするは、軍人が海陸軍の庶務をかねて、庶務の吏人が戦陣の事を差図せんとするに異ならず。両《ふたつ》ながら労して効なきのみならず、かえって全国の成跡を妨ぐるに足るべきのみ。海陸軍の医士、法学士、または会計官が、戦士を指揮して操練せしめ、または戦場の時機進退を令するの難きは、人皆これを知りながら、政治の事務家が教育の法方を議し、その書籍を撰定し、または教場の時間、生徒の進退を指令するの難きを知らざる者あらんや。我が輩の開陳するところ、必ずしも妄漫《もうまん》ならざるを許す者あるべしと、あえて自からこれを信ずるなり。
 帝室より私学校を保護せらるるの事については、その資金をいかんするやとの問題もあれども、この一条はもっとも容易なることにして、心を労するに足らず。我が輩の持論は、今の帝室費をはなはだ不十分なるものと思い、大いにこれを増すか、または帝室|御有《ぎょゆう》の不動産にても定められたきとのことは、毎度陳述するところにして、もしも幸にして我が輩の意見の如くなることもあらば、私学校の保護の如き、全国わずかに幾十万円をもって足るべし。
 あるいは一時巨額の資本を附与せらるるとて、また、ただ幾百万円の金を無利足にして永代貸下ぐるの姿に異ならず。決して帝室の大事と称すべきほどのものに非ず。あるいは今の政府の財政困難にして、帝室費をも増すにいとまあらずといわんか。極度の場合においては、国庫の出納を毫《ごう》も増減せずして、実際の事は挙行すべし。
 その法、他《た》なし、文部省、工部省の学校を分離して御有となすときは、本省においては、従来学校に給したる定額を省《はぶ》くべきは当然の算数にして、この定額金は必ず大蔵省に帰することならん。大蔵省においては期せずして歳出を減じたることなれば、その金額をもってただちに帝室費を増加し、帝室はこの増額をもって学校保護の用にあてられたらば、さらに出納の実際に心配なくして事を弁ずること、はなはだ容易なるべし。ただに実際に心配なきのみならず、学校の官立なりしものを私立に変ずるときは、学校の当局者は必ず私有の心地《ここち》して、百事自然に質素勤倹の風を生じ、旧慣に比して大いに費用を減ずべきはむろん、あるいはこれを減ぜざれば、旧時同様の資金をもってさらに新たに学事を起すに足るべし。今の官立校とて、いたずらに金円を浪費乱用するというには非ざれども、事の官たり私たるの別によりて、費用もまたおのずから多少の差あるは、社会にまぬかれざるところにして、世人の明知する事実なれば、今回もし幸にして官私の変革あらば、国庫より見て学校の資本は必ず豊なるをさとることならん。
 またあるいは人の説に、官立の学校を廃して共同私立の体《てい》に変じ、その私立校の総理以下教員にいたるまでも、従前、官学校に従事したる者を用い、学事会を開きて学問の針路を指示するが如きは、はなはだ佳《よ》しといえども、その総理教員なる者は、以前は在官の栄誉を辱《かたじけの》うしたる身分にして、にわかに私立の身となりては、あたかも栄誉を失うの姿にして、心を痛ましむるの情実あるべしというものあり。
 我が輩ひと通りの考にては、この言はまったく俗吏論にして、学者の心事を知らざるものなりと一抹し去らんとしたれども、また退《しりぞ》いて再考すれば、学者先生の中にもずいぶん俗なる者なきに非ず、あるいは稀には何官・何等出仕の栄をもって得々《とくとく》たる者もあらん。然《しか》りといえども、学者中たといこの臭気の人物ありとするも、これを処することまた、はなはだ易《やす》し。まず利禄をもっていえば、学校の官私を問わず、俸給はいぜんとして旧《もと》の如くなるべし。また、利禄をさりて身分の一段にいたりては、帝室より天下の学者を網羅してこれに位階勲章を賜わらば、それにて十分なるべし。
 そもそも位階勲章なるものは、ただ政府中に限るべきものに非ず。官吏の辞職するは政府を去るものなれども、その去るときに位階勲章を失わず、あるいは華族の如き、かつて政府の官途に入らざるも必ず位階を賜わるは、その家の栄誉を表せらるるの意ならん。されば位階勲章は、官吏が政府の職を勤むるの労に酬《むく》いるに非ずして、ただ普通なる日本人の資格をもって、政府の官職をも勤むるほどの才徳を備え、日本国人の中にて抜群の人物なりとて、その人物を表するの意ならん。官吏の内にても、一等官の如きはもっとも易《やす》からざる官職にして、尋常の才徳にては任に堪え難きものなるに、よくその職を奉じて過失もなきは、日本国中|稀有《けう》の人物にして、その天稟《てんぴん》の才徳、生来の教育、ともに第一流なりとて、一等勲章を賜わりて貴き位階を授くることならん。
 されば官吏が職を勤むるの労に酬いるには月給をもってし、数をもっていえば、百の労と百の俸給とまさしく相対して、その有様はほとんど売買の主義に異ならず。この点より論ずるときは、仕官もまた営業|渡世《とせい》の一種なれども、俸給の他に位階勲章をあたうるは、その労力の大小にかかわらず、あたかも日本国中の人物を排列してその段等《だんとう》を区別するものにして、官途にはおのずから抜群の人物多きがゆえに、位階勲章を得る者の数も官途に多きゆえんなり。政府の故意《こい》にして、ことさらに官途の人のみにこれをあたうるに非ず、官職の働はあたかも人物の高低をはかるの測量器なるがゆえに、ひとたび測量してこれを表するに位階勲章をもってして、その地位すでに定まるときは、本人の働は何様《なによう》にてもこれに関することなく、地位は生涯その身につきて離れざるものなり。すなわち、辞職の官吏も、その位階勲章をば生涯失うことなきを見て、これを知るべし。
 位階勲章はただちに帝室より出ずるものにして、政府吏人の毫《ごう》もあずかり知るべきものに非ず。而《しこう》してその帝室は日本国全体の帝室にして、政府一局部の帝室に非ず。帝室もとより政府に私《わたくし》せず。政府もとより帝室を私せず。無偏・無党の帝室は、帝国の全面を照らして、そのいずれに厚からず、またいずれに薄からず、帝室より降臨すれば、政治の社会も学問の社会も、宗旨も道徳も技芸も農商も、一切万事、要用ならざるものなし。いやしくもこれらの事項について抜群の人物あれば、すなわちこれを賞してその抜群なるを表す。位階勲章の精神は、けだしここにあって存するものならん。
 人間社会の事は千緒万端《せんしょばんたん》にして、ただ政治のみをもって組織すべきものに非ず。人の働もまた、千緒万端に分別してこれに応ぜざるべからず。すなわち人事の分業分任なり。すでにこれを分《わかち》てこれに任ずるときは、おのおの長ずるところあるべきは自然の理にして、農商の事に長ずるものあり、工芸技術に長ずるものあり、あるいは学問に長じ、あるいは政治に長ずる等、相互に争うべからざるものあるがゆえに、この事に長ずるものは、この事の長者としてこれを貴び、その業に長ずる者は、その業の長者としてこれに最上の栄誉をあたうるもまた、自然の理において許すべきものなり。たとえば大関が相撲最上の長者なれば、九段は碁将棋最上の長者にして、その長者たるや、一等官が政事の長者たるに異ならざるなり。
 されば、生れながらにして学に志し、畢生《ひっせい》の精神を自身の研究と他人の教導とに用いて、その一方に長ずる者は、学問社会の長者にして、これまた一等官が政事の長者たるに異ならざるや、もとより明白なり。而《しこう》してその相撲の大関または碁将棋の九段なる者が、太政大臣と同一様の栄誉を得ざるは何ぞや。相撲と碁将棋とは、その事柄において、これを政事に比して軽重の別あるがゆえに、その軽重の差にしたがいて、双方の長と長と比肩するを得ざるものなりといえども、今一国文明の進歩を目的に定めて、政事と学事と相互に比較したらば、いずれを重しとし、いずれを軽しとするは、判断においてはなはだ難き事ならん。
 学者をして学問の貴きを説かしめたらば、政事の如きは小児の戯にして論ずるに足らざるものなりといい、政事家もまた学問を蔑視して、実用に足らざる老朽の空論なりとすることならんといえども、これはいわゆる双方の偏頗論《へんぱろん》にして、公平にいえば、政事も学問もともに人事の至要にして、双方ともに一日も空しゅうすべからず。政事は実際の衝にあたって大切なり。学問は永遠の大計を期して大切なり。政事は目下の安寧を保護して学者の業を安からしめ、学問は人を教育して政事家をも陶冶し出だす。双方ともに毫《ごう》も軽重あることなしとの裁判にて、双方に不平なかるべし。
 一国文明のために学問の貴重なること、すでに明らかなれば、その学問社会の人を尊敬してこれに位階勲章をあたうるは、まことに尋常の法にして、さらに天下の耳目を驚かすほどの事に非ず。すなわち学問社会上流の人物は、政事社会上流の人物と、正しく同等の地位に立ちて毫も軽重あるべからず。ただ、相互《あいたがい》にその事業を干渉せざ
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