これを怒り、その嫁を叱り、その子を笞《むち》うち、あるいはこれを勘当せんと欲するか。世界広しといえどもいまだかかる奇人あるを聞かず、これらはもとより空論にて弁解を費やすにも及ばず。人々みずからその心に問いてみずからこれに答うべきのみ。
親に孝行するはもとより人たる者の当然、老人とあれば他人にてもこれを丁寧にするはずなり。まして自分の父母に対し情を尽くさざるべけんや。利のためにあらず、名のためにあらず、ただ己が親と思い、天然の誠をもってこれに孝行すべきなり。古来和漢にて孝行を勧めたる話ははなはだ多く、『二十四孝』をはじめとしてそのほかの著述書も計《かぞ》うるに遑《いとま》あらず。しかるにこの書を見れば、十に八、九は人間にでき難きことを勧むるか、または愚にして笑うべきことを説くか、はなはだしきは理に背きたることを誉《ほ》めて孝行とするものあり。
寒中に裸体にて氷の上に臥《ふ》しその解くるを待たんとするも人間にできざることなり。夏の夜に自分の身に酒を灌《そそ》ぎて蚊《か》に食われ親に近づく蚊を防ぐより、その酒の代をもって紙帳を買うこそ智者ならずや。父母を養うべき働きもなく途方に暮れて、罪
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