れば安楽の幸福あるべからず。禅坊主などは働きもなく幸福もなきものと言うべし。
第四、人にはおのおの至誠の本心あり。誠の心はもって情欲を制し、その方向を正しくして止まるところを定むべし。たとえば情欲には限りなきものにて、美服美食もいずれにて十分と界《さかい》を定め難し。今もし働くべき仕事をば捨て置き、ひたすらわが欲するもののみを得んとせば、他人を害してわが身を利するよりほかに道なし。これを人間の所業と言うべからず。この時に当たりて欲と道理とを分別し、欲を離れて道理の内に入らしむるものは誠の本心なり。第五、人にはおのおの意思あり。意思はもって事をなすの志を立つべし。譬えば世の事は怪我の機《はずみ》にてできるものなし。善き事も悪き事もみな人のこれをなさんとする意ありてこそできるものなり。
以上、五つのものは人に欠くべからざる性質にして、この性質を自由自在に取り扱い、もって一身の独立をなすものなり。さて独立といえば、ひとり世の中の偏人奇物にて世間の付合いもなき者のように聞こゆれども、けっして然らず。人として世に居《お》れば、もとより朋友なかるべからずといえども、その朋友もまたわれに交わりを
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