えて載《の》せざるのみならず、官に一毫の美事《びじ》あればみだりにこれを称誉してその実に過ぎ、あたかも娼妓《しょうぎ》の客に媚《こ》びるがごとし。またかの上書建白を見ればその文つねに卑劣を極《きわ》め、みだりに政府を尊崇すること鬼神のごとく、みずから賤しんずること罪人のごとくし、同等の人間世界にあるべからざる虚文を用い、恬《てん》として恥ずる者なし。この文を読みてその人を想えばただ狂人をもって評すべきのみ。しかるに今この新聞紙を出版し、あるいは政府に建白する者は、おおむねみな世の洋学者流にて、その私について見れば必ずしも娼妓にあらず、また狂人にもあらず。
 しかるにその不誠不実、かくのごときのはなはだしきに至る所以《ゆえん》は、いまだ世間に民権を首唱する実例なきをもって、ただかの卑屈の気風に制せられその気風に雷同して、国民の本色を見《あら》わし得ざるなり。これを概すれば、日本にはただ政府ありていまだ国民あらずと言うも可なり。ゆえにいわく、人民の気風を一洗して世の文明を進むるには、今の洋学者流にもまた依頼すべからざるなり。
 前条所記の論説はたして是《ぜ》ならば、わが国の文明を進めてその
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