その姓名の肩書に国の名あればその国に住居し、起居眠食、自由自在なるの権義あり。すでにその権義あればまたしたがってその職分なかるべからず。
昔戦国の時、駿河の今川義元《いまがわよしもと》、数万の兵を率いて織田信長《おだのぶなが》を攻めんとせしとき、信長の策にて桶狭間《おけはざま》に伏勢《ふせぜい》を設け、今川の本陣に迫りて義元の首を取りしかば、駿河の軍勢は蜘蛛《くも》の子を散らすがごとく、戦いもせずして逃げ走り、当時名高き駿河の今川政府も一朝に亡びてその痕《あと》なし。近く両三年以前、フランスとプロイセンとの戦いに、両国接戦のはじめ、フランス帝ナポレオンはプロイセンに生《い》け捕《ど》られたれども、仏人はこれによりて望みを失わざるのみならず、ますます憤発して防ぎ戦い、骨をさらし血を流し、数月籠城ののち和睦に及びたれども、フランスは依然として旧《もと》のフランスに異ならず。かの今川の始末に比ぶれば日を同じゅうして語るべからず。そのゆえはなんぞや。駿河の人民はただ義元一人によりすがり、その身は客分のつもりにて、駿河の国をわが本国と思う者なく、フランスには報国の士民多くして国の難を銘々の身に
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