その当たらざるを知るべし。およそ人心の働き、これを進めて進まざるものあることなし。その趣は人身の手足を役《えき》してその筋を強くするに異ならず。されば言語・容貌も人の心身の働きなれば、これを放却して上達するの理あるべからず。しかるに古来日本国中の習慣において、この大切なる心身の働きを捨てて顧みる者なきは、大なる心得違いにあらずや。ゆえに余輩の望むところは、改めて今日より言語容貌の学問と言うにはあらざれども、この働きを人の徳義の一ヵ条として等閑にすることなく、常に心にとどめて忘れざらんことを欲するのみ。
或る人またいわく、「容貌を快くするとは表を飾《かざ》ることなり。表を飾るをもって人間交際の要となすときは、ただに容貌顔色のみならず、衣服も飾り飲食も飾り、気に叶わぬ客をも招待して、身分不相応の馳走するなぞ、まったく虚飾をもって人に交わるの弊あらん」と。この言もまた一理あるがごとくなれども、虚飾は交際の弊にしてその本色にあらず。事物の弊害はややもすればその本色に反対するもの多し。「過ぎたるはなお及ばざるがごとし」とは、すなわち弊害と本色と相反対するを評したる語なり。譬《たと》えば食物の要
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