巧みなる者は一斗の米を一斗三合に計り出し、その拙なる者は九升七合に計り込むことあり。余輩のいわゆる分に適するとは、計り出しもなくまた計り込みもなく、まさに一斗の米を一斗に計ることなり。升取りには巧拙あるも、これによりて生ずるところの差はわずかに内外の二、三分なれども、才徳の働きを升取りするに至りてはその差けっして三分にとどまるべからず、巧みなるは正味の二倍三倍にも計り出し、拙なるは半分にも計り込む者あらん。この計り出しの法外なる者は世間に法外なる妨げをなしてもとより悪《にく》むべきなれども、しばらくこれを擱《お》き、今ここには正味の働きを計り込む人のために少しく論ずるところあらんとす。
 孔子のいわく、「君子は人の己れを知らざるを憂えず、人を知らざるを憂う」と。この教えは当時世間に流行する弊害を矯《た》めんとして述べたる言ならんといえども、後世無気無力の腐儒は、この言葉をまともに受けて、引込み思案にのみ心を凝らし、その悪弊ようやく増長して、ついには奇物変人、無言無情、笑うことも知らず、泣くことも知らざる木の切れのごとき男を崇《あが》めて奥ゆかしき先生なぞと称するに至りしは、人間世界の一
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