ならば、論者また歎息していわん。「ありがたきかな耶蘇《やそ》の聖教、気の毒なるかなパガン外教の人民、日本の人はあたかも盗賊と雑居するがごとし、これをかの西洋諸国自由正直の風俗に比すれば万々同日の論にあらず、実に聖教の行なわるる国土こそ道に遺を拾わずと言うべけれ」と。日本人が煙草を咬《か》み、巻煙草を吹かして、西洋人が煙管《きせる》を用うることあらば、「日本人は器械の術に乏しくしていまだ煙管の発明もあらず」と言わん。日本人が靴を用いて西洋人が下駄をはくことあらば、「日本人は足の指の用法を知らず」と言わん。味噌も舶来品ならばかくまでに軽蔑を受くることもなからん。豆腐も洋人のテーブルに上《のぼ》らばいっそうの声価を増さん。鰻《うなぎ》の蒲焼き、茶碗蒸し等に至りては世界第一美味の飛び切りとて評判を得《う》ることなるべし。
これらの箇条を枚挙すれば際限あることなし。今少しく高尚に進みて宗旨のことに及ばん。四百年前西洋に親鸞《しんらん》上人を生じ、日本にマルチン・ルーザを生じ、上人は西洋に行なわるる仏法を改革して浄土真宗を弘《ひろ》め、ルーザは日本のローマ宗教に敵してプロテスタントの教えを開きた
前へ
次へ
全187ページ中160ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
福沢 諭吉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング