まれに正直なる役人ありて賄賂《わいろ》の沙汰も聞こえざれば、前代未聞の名臣とて一藩中の評判なれども、その実はわずかに銭を盗まざるのみ。人に盗心なければとてさまで誉《ほ》むべきことにあらず。ただ偽君子の群集するその中に十人並みの人が雑《まじ》るゆえ、格別に目立つまでのことなり。畢竟この偽君子の多きもその本《もと》を尋ぬれば古人の妄想にて、世の人民をばみな結構人にして御しやすきものと思い込み、その弊ついに専制抑圧に至り、詰まるところは飼犬に手を噛《か》まるるものなり。返す返すも世の中に頼みなきものは名分なり。毒を流すの大なるものは専制抑圧なり。恐るべきにあらずや。
 或る人いわく、「かくのごとく人民不実の悪例のみを挙ぐれば際限もなきことなれども、悉皆《しっかい》然るにもあらず。わが日本は義の国にて、古来義士の身を棄てて君のためにしたる例ははなはだ多し」と。答えていわく、「まことに然り、古来義士なきにあらず、ただその数少なくして算当に合わぬなり。元禄年中は義気の花盛りとも言うべき時代なり。この時に赤穂七万石の内に義士四十七名あり。七万石の領分におよそ七万の人口あるべし。七万の内に四十七あれば
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