を制し、しかる後に相当の業につかしむることなるべし。その飲酒、遊冶を禁ぜざるの間は、いまだともに家業の事を語るべからず。されども人にして酒色に耽《ふけ》らざればとて、これをその人の徳義と言うべからず。ただ世の害をなさざるのみにて、いまだ無用の長物たるの名は免れ難し。その飲酒、遊冶を禁じたるうえ、またしたがって業につき、身を養い、家に益することありて、はじめて十人並みの少年と言うべきなり。自食の論もまたかくのごとし。
 わが国士族以上の人、数千百年の旧習に慣れて、衣食の何ものたるを知らず、富有のよりて来たるところを弁ぜず、傲然《ごうぜん》みずから無為に食して、これを天然の権義と思い、その状あたかも沈湎冒色、前後を忘却する者のごとし。この時に当たり、この輩の人に告ぐるに何事をもってすべきや。ただ自食の説を唱えて、その酔夢を驚かすのほか手段なかるべし。この流の人に向かいて豈《あに》高尚の学を勧むべけんや。世を益するの大義を説くべけんや。たといこれに説き勧むるも、夢中学に入れば、その学問もまた夢中の夢のみ。すなわちこれわが輩がもっぱら自食の説を主張して、いまだ真の学問を勧めざりし所以なり。ゆえ
前へ 次へ
全187ページ中107ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
福沢 諭吉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング