えず。
 この一事は学者も私《ひそか》に自から許すところならん。ゆえに学者の考にしたがえば、今の学者の品格は政府よりも高くしてはるかにその右に出で、政府は愚にして学者は智なりというべし。智愚はまずここに定まりたり。然らばすなわちかの水掛論は如何すべきや。余輩あえて政府に代りて苦情を述べん。政談家はさまざまの事に口を出し、さまざまの理屈を述べて政府の働を逞《たくま》しゅうせしめずと。学者はなおもこの政府に直接して衝《つ》くが如く刺すが如く、かの小姑《こじゅうとめ》を学びて家嫂《かそう》を煩《わずら》わさんと欲するか。智者の所業にははなはだもって不似合《ふにあい》なり。いわゆる智者にして愚を働くものというべし。
 ひっきょう、この水掛論は、元素の異同より生じたるものに非ず。その原因は、近く地位の異同より心情の偏重を生ずるによりて来りしものなれども、今日の有様にては、その是非を分つべからず。余輩はただ今後の成行に眼《まなこ》をつけ、そのいずれかまず直接法の不便利を悟りて、前に出したる手を引き、口を引き、理屈を引き、さらに思想を一層の高きに置きて、無益の対陣を解く者ならんと、かたわらより見物し
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