ない事を云うわね、彼女は。』
子を抱いた女の彼の可哀相な人が悄然《しょんぼり》として、お帰りの後から斯う声を掛けて、彼女の方がまた睨んで御居ででした。
『あの、貴方。』と、うッて変った優しい御声は、洋服を召した気高い貴婦人が其処に来掛って、あの可哀相な女の人をお呼止めになったのでした。
『あなた、御寒う御座いますから、失礼ですが、其御子に掛けてあげて下さい。』
貴婦人は見事な肩掛を、赤さんへお掛けなすって、急いで出口の方へ行ってお了いでした。其御様子が何様にお美しく見上げられたでしょう。
『僞善よ。ほほ。』と、また可怖い眼で見送りでしたの。
『僕も主義を改めて、あの百姓のお神さんに同情するさ。』
彼《あの》可厭《いや》と思った学生の声でしたから、私達は急いで停車場を出て、待たせて置いた宅《うち》の俥に乗って帰ったのでした。
私は彼《あ》女の方は、日本の人か知ら、他国の人じゃないかと思いました。ですけれども、顔だけは何《どう》見ても日本の人!
[#地より2字上がり](一九〇五年)
底本:「日本プロレタリア文学大系(序)」三一書房
1955(昭和30)年3月31日初版発行
1961(昭和36)年6月20日第2刷
入力:Nana ohbe
校正:林 幸雄
2001年12月27日公開
青空文庫ファイル:
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