ながら吉里の顔を見ると、どう見ても以前の吉里に見えぬ。眼の中に実情《まごころ》が見えるようで、どうしても虚情《うそ》とは思われぬ。小遣いにせよと言われたその紙入れを握ッている自分の手は、虚情《うそ》でない証拠をつかんでいるのだ。どうしてこんなことになッたのか。と、わからないながらに嬉しくてたまらず、いつか明日《あした》のわが身も忘れてしまッていた。
「善さん、私もね、本統に頼りがないんですから」と、吉里ははらはらと涙を零《こぼ》して、「これから頼りになッておくんなさいよ」と、善吉を見つめた時、平田のことがいろいろな方から電光のごとく心に閃《ひら》めいた。吉里は全身《みうち》がぶる[#「ぶる」に傍点]ッと顫えて、自分にもわからないような気がした。
 善吉はただ夢の中をたどッている。ただ吉里の顔を見つめているのみであッたが、やがて涙は頬を流れて、それを拭く心もつかないでいた。
「吉里さん」と、廊下から声をかけたのは小万である。
「小万さん、まアお入りな」
「どなたかおいでなさるんじゃアないかね」と、小万は障子を開けて、「おや、善さん。お楽しみですね」
 小万の言葉は吉里にも善吉にも意味ある
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