いないんです。横浜の親類へ行ッて世話になッて、どんなに身を落しても、も一度美濃善の暖簾《のれん》を揚げたいと思ッてるんだが、親類と言ッたッて、世話してくれるものか、くれないものか、それもわからないのだから、横浜《はま》へ進んで行く気もしないんで……」と、善吉はしばらく考え、「どうなるんだか、自分ながらわからないんだから……」と、青い顔をして、ぶる[#「ぶる」に傍点]ッと戦慄《ふるえ》て、吉里に酒を注いでもらい、続けて三杯まで飲んだ。
吉里はじッと考えている。
「吉里さん、頼みがあるんですが」と、善吉は懐裡《ふところ》の紙入れを火鉢の縁に置き、「お前さんに笑われるかも知れないが、私しゃね、何だか去《かえ》るのが否《いや》になッたから、今日は夕刻《ゆうかた》まで遊ばせておいて下さいな。紙入れに五円ばかり入ッている。それが私しの今の身性《しんしょう》残らずなんだ。昨夜《ゆうべ》の勘定を済まして、今日一日遊ばれるかしら。遊ばれるだけにして、どうか置いて下さい。一文も残らないでもいい。今晩どッかへ泊るのに、三十銭か四十銭も残れば結構だが……。何、残らないでもいい。ねえ、吉里さん、そうしといて下
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