ある。京町には素見客《ひやかし》の影も跡を絶ち、角町《すみちょう》には夜を警《いまし》めの鉄棒《かなぼう》の音も聞える。里の市が流して行く笛の音が長く尻を引いて、張店《はりみせ》にもやや雑談《はなし》の途断《とぎ》れる時分となッた。
廊下には上草履《うわぞうり》の音がさびれ、台の物の遺骸《いがい》を今|室《へや》の外へ出しているところもある。はるかの三階からは甲走ッた声で、喜助どん喜助どんと床番を呼んでいる。
「うるさいよ。あんまりしつこい[#「しつこい」に傍点]じゃアないか。くさくさしッちまうよ」と、じれッたそうに廊下を急歩《いそい》で行くのは、当楼《ここ》の二枚目を張ッている吉里《よしざと》という娼妓《おいらん》である。
「そんなことを言ッてなさッちゃア困りますよ。ちょいとおいでなすッて下さい。花魁《おいらん》、困りますよ」と、吉里の後から追い縋《すが》ッたのはお熊《くま》という新造《しんぞう》。
吉里は二十二三にもなろうか、今が稼《かせ》ぎ盛りの年輩《としごろ》である。美人質《びじんだち》ではないが男好きのする丸顔で、しかもどこかに剣が見える。睨《にら》まれると凄《すご》いよ
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