て下さるでしょう」
「さア事だ。一人でさえ持て余しそうだのに、二人まで大敵を引き受けてたまるもんか。平田、君が一方を防ぐんだ。吉里さんの方は僕が引き受けた。吉里さん、さア思うさま管を巻いておくれ」
「ほほほ。あんなことを言ッて、また私をいじめようともッて。小万さん、お前加勢しておくれよ」
「いやなことだ。私ゃ平田さんと仲よくして、おとなしく飲むんだよ。ねえ平田さん」
「ふん。不実同士|揃《そろ》ッてやがるよ。平田さん、私がそんなに怖《こわ》いの。執《と》ッ着《つ》きゃしませんからね、安心しておいでなさいよ。小万さん、注《つ》いでおくれ」と、吉里は猪口を出したが、「小杯《ちいさく》ッて面倒くさいね」と傍《そば》にあッた湯呑《ゆの》みと取り替え、「満々《なみなみ》注いでおくれよ」
「そろそろお株をお始めだね。大きい物じゃア毒だよ」
「毒になッたッてかまやアしない。お酒が毒になッて死んじまッたら、いッそ苦労がなくッて……」と、吉里はうつむき、握ッていた西宮の手へはらはらと涙を零《こぼ》した。
平田は額に手を当てて横を向いた。西宮と小万は顔を見合わせて覚えず溜息《ためいき》を吐《つ》いた。
「ああ、つまらないつまらない」と、吉里は手酌で湯呑みへだくだく[#「だくだく」に傍点]と注ぐ。
「お止しと言うのに」と、小万が銚子《ちょうし》を奪《と》ろうとすると、「酒でも飲まないじゃア……」と、吉里がまた注ぎにかかるのを、小万は無理に取り上げた。吉里は一息に飲み乾し、顔をしかめて横を向き、苦しそうに息を吐いた。
「剛情だよ、また後で苦しがろうと思ッて」
「お酒で苦しいくらいなことは……。察して下さるのは兄さんばかりだよ」と、吉里は西宮を見て、「堪忍して下さいよ。もう愚痴は溢《こぼ》さない約束でしたッけね。ほほほほほほ」と、淋しく笑ッた。
「花魁《おいらん》、花魁」と、お熊がまたしても室外《そと》から声をかける。
「今じきに行くよ」と、吉里も今度は優しく言う。お熊は何も言わないであちらへ行ッた。
「ちょいと行ッて来ちゃアどうだね、も一杯威勢を附けて」
西宮が与《さ》した猪口に満々《なみなみ》と受けて、吉里は考えている。
「本統にそうおしよ。あんまり放擲《うッちゃ》ッといちゃアよくないよ。善さんも気の毒な人さ。こんなに冷遇《され》ても厭な顔もしないで、毎晩のように来ておいでなんだから、怒らせないくらいにゃしておやりよ」と、小万も吉里が気に触《さわ》らないほどにと言葉を添えた。
「また無理をお言いだよ」と、吉里は猪口を乾《ほ》して、「はい、兄さん。本統に善さんにゃ気の毒だとは思うけれど、顔を見るのもいやなんだもの。信切《しんせつ》な人ではあるし……。信切にされるほど厭になるんだもの。誰かのように、実情《じつ》がないんじゃアなし、義理を知らないんじゃアなし……」
平田はぷい[#「ぷい」に傍点]と坐を起《た》ッた。
「お便所《ちょうず》」と、小万も起とうとする。「なアに」と、平田は急いで次の間へ行ッた。
「放擲《うッちゃ》ッておおきよ、小万さん。どこへでも自分の好きなとこへ行くがいいやね」
次の間には平田が障子を開けて、「おやッ、草履がない」
「また誰か持ッてッたんだよ。困ることねえ。私のをはいておいでなさいよ」と、小万が声をかけるうちに、平田が重たそうに上草履を引き摺ッて行く音が聞えた。
「意気地のない歩きッ振りじゃないか」と、わざとらしく言う吉里の頬《ほお》を、西宮はちょいと突いて、「はははは。大分|愛想尽《あいそづか》しをおっしゃるね」
「言いますとも。ねえ、小万さん」
「へん、また後で泣こうと思ッて」
「誰が」
「よし。きっとだね」と、西宮は念を押す。
「ふふん」と、吉里は笑ッて、「もう虐《いじ》めるのはたくさん」
店梯子《みせばしご》を駈《か》け上る四五人の足音がけたたましく聞えた。「お客さまア」と、声々に呼びかわす。廊下を走る草履が忙《せわ》しくなる。「小万さんの花魁、小万さんの花魁」と、呼ぶ声が走ッて来る。
「いやだねえ、今時分になって」と、小万は返辞をしないで眉を顰《ひそ》めた。
ばたばたと走ッて来た草履の音が小万の室《へや》の前に止ッて、「花魁、ちょいと」と、中音に呼んだのは、小万の新造のお梅だ。
「何だよ」
「ちょいとお顔を」
「あい。初会《しょかい》なら謝罪《ことわ》ッておくれ」
「お馴染《なじ》みですから」
「誰だ。誰が来たんだ」と、西宮は小万の顔を真面目《まじめ》に見つめた。
「おほほ――、妬《や》けるんだよ」と、吉里は笑い出した。
「ははははは。どうだい、僕の薬鑵《やかん》から蒸気《ゆげ》が発《た》ッてやアしないか」
「ああ、発ッてますよ。口惜《くや》しいねえ」と、吉里は西宮の腕を爪捻《つね》る。
「あいた。ひどい
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