してくれて、お母さんがいたなら、お前を故郷《くに》へ連れて行くと、どんなに可愛がって下さるだろうと、平田の寝物語に聞いていた通り可愛がッてくれるかと思うと、平田の許嫁《いいなずけ》の娘というのが働いていて、その顔はかねて仲の悪い楼内《うち》の花子という花魁そのままで、可愛らしいような憎らしいような、どうしても憎らしい女で、平田が故郷《くに》へ帰ッたのはこの娘と婚礼するためであッたことも知れて来た。やッぱりそうだッた、私しゃ欺《だま》されたのだと思うと、悲しい中にまた悲しくなッて涙が止らなくなッて来る。西宮さんがそんな虚言《うそ》を言う人ではないと思い返すと、小万と二人で自分をいろいろ慰めてくれて、小万と姉妹《きょうだい》の約束をして、小万が西宮の妻君になると自分もそこに同居して、平田が故郷《くに》の方の仕法《ほう》がついて出京したら、二夫婦揃ッて隣同士家を持ッて、いつまでも親類になッて、互いに力になり合おうと相談もしている。それも夢のように消えて、自分一人になると、自由《まま》にならぬ方の考えばかり起ッて来て、自分はどうしても此楼《ここ》に来年の四月まではいなければならぬか。平田さんに別れて、他に楽しみもなくッて、何で四月までこんな真似がしていられるものか。他の花魁のように、すぐ後に頼りになる人が出来そうなことはなし、頼みにするのは西宮さんと小万さんばかりだ。その小万さんは実に羨ましい。これからいつも見せられてばかりいるのか。なぜ平田さんがあんなことになッたんだろう。も一度平田さんが来てくれるようには出来ないのか。これから毎日毎日いやな思いばかりするのかと思いながら、善吉が自分の前に酒を飲んでいる、その一挙一動がことごとく眼に見えていて、これがその人であッたならと、覚えず溜息も吐《つ》かれるのである。
 吉里は悲しくもあり、情なくもあり、口惜《くや》しくもあり、はかなくも思うのである。詰まるところは、頼りないのが第一で、どうしても平田を忘れることが出来ないのだ。
 今日限りである、今朝が別れであると言ッた善吉の言葉は、吉里の心に妙にはかなく情なく感じて、何だか胸を圧《おさ》えられるようだ。
 冷遇《ふッ》て冷遇て冷遇《ふり》抜いている客がすぐ前の楼《うち》へ登《あが》ッても、他の花魁に見立て替えをされても、冷遇《ふッ》ていれば結局《けッく》喜ぶべきであるのに、外聞の
前へ 次へ
全43ページ中28ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
広津 柳浪 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング