うな、にッこりされると戦《ふる》いつきたいような、清《すず》しい可愛らしい重縁眼《ふたかわめ》が少し催涙《うるん》で、一の字|眉《まゆ》を癪《しゃく》だというあんばいに釣《つ》り上げている。纈《くく》り腮《あご》をわざと突き出したほど上を仰《む》き、左の牙歯《いときりば》が上唇《うわくちびる》を噛《か》んでいるので、高い美しい鼻は高慢らしくも見える。懐手《ふところで》をして肩を揺すッて、昨日《きのう》あたりの島田|髷《まげ》をがくりがくりとうなずかせ、今月《この》一|日《にち》に更衣《うつりかえ》をしたばかりの裲襠《しかけ》の裾《すそ》に廊下を拭《ぬぐ》わせ、大跨《おおまた》にしかも急いで上草履を引き摺《ず》ッている。
お熊は四十|格向《がッこう》で、薄痘痕《うすいも》があッて、小鬢《こびん》に禿《はげ》があッて、右の眼が曲《ゆが》んで、口が尖《とんが》らかッて、どう見ても新造面《しんぞうづら》――意地悪別製の新造面である。
二女《ふたり》は今まで争ッていたので、うるさがッて室《へや》を飛び出した吉里を、お熊が追いかけて来たのである。
「裾が引き摺ッてるじゃアありませんか。しようがないことね」
「いいじゃアないか。引き摺ッてりゃ、どうしたと言うんだよ。お前さんに調《こさ》えてもらやアしまいし、かまッておくれでない」
「さようさね。花魁をお世話申したことはありませんからね」
吉里は返辞をしないでさッさッと行く。お熊はなお附き纏《まと》ッて離れぬ。
「ですがね、花魁。あんまりわがままばかりなさると、私が御内所《ごないしょ》で叱《しか》られますよ」
「ふん。お前さんがお叱られじゃお気の毒だね。吉里がこうこうだッて、お神さんに何とでも訴《いッつ》けておくれ」
白字《はくじ》で小万《こまん》と書いた黒塗りの札を掛けてある室の前に吉里は歩《あし》を止めた。
「善さんだッてお客様ですよ。さッきからお酒肴《あつらえ》が来てるんじゃありませんか」
「善さんもお客だッて。誰《だれ》がお客でないと言ッたんだよ。当然《あたりまえ》なことをお言いでない」と、吉里は障子を開けて室内《うち》に入ッて、後をぴッしゃり手荒く閉めた。
「どうしたの。また疳癪《かんしゃく》を発《おこ》しておいでだね」
次の間の長火鉢《ながひばち》で燗《かん》をしながら吉里へ声をかけたのは、小万と呼び当楼《ここ
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