東京の郊外となり終つた今の玉川でない、昔の野趣豊かな玉川の歌である。芒と葦の中を水勢稍急に美しく流れる玉川であつた。夏の日も暮れて薄月がさしてゐる。岸には男の取つて来た鮎を窓のある小桶に入れたのを持つて水に浸けにゆく女がゐる。これも亦明治聖代の一風景である。
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浜ごうが沙をおほえる上に撤き鰯乾さるる三保の浦かな
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三保の松原は昔からの名所であり、羽衣伝説の舞台であり、その富士に対するや今日も天下の絶景である。その三保の松原と鰯の干物とを対照させた所がこの歌の狙ひである。今日の様に一尾一円もする時代では鰯の干物の値打ちも昔日の比でなく、この歌の対照の面白味も少しく減るわけだが、この歌の出来た頃の干鰯の値段は一尾一銭もしなかつただらう。而して最下等の副食物としてその栄養価値の如きは全く無視され化学者達の憤りを買つてゐた時代の話だ。三保の松原の海に面した沙地一面に這ひ拡つた浜ごうの上に又一面に鰯が干されて生臭い匂ひを放つてゐる。その真正面には天下の富士が空高く聳えて駿河湾に君臨してゐる。さうしてそれが少しも不自然でなくよく調和してゐる。普通
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