は日常語では誰でも使ふが、歌の中で使つたのは晶子さんがはじめてでそれだけ、その効果は頗る大きかつた。今日の感じでもやはり面白いと思ふ。名工苦心の跡ではなく、唯の軽いタツチに過ぎないが面白い。
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盆の唄「死んだ奥様《おくさ》を櫓に乗せて」君をば何の乗せて来らん
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信州松本の浅間温泉に泊つた時丁度盆で盆踊りを見た所、「死んだ奥様を櫓に乗せて」と唄ひ出した。さうだ盆といへば、君の帰る日であるが何に乗つて帰るのだらうと反射的に歌つたもので、をかしみをまじへた悲哀感がよく出てゐる。
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牡丹植ゑ君待つ家と金字して門《もん》に書きたる昼の夢かな
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明治末葉寛先生のはじめた新詩社の運動には興国日本の積極性を意識的に表現しようとする精神が動いてゐた。この歌の如きもその精神のあらはれで、従来のか細い淋しい又はじみな日本的なものを揚棄して、一躍してインド的なギリシア的な積極性の中へ踊り込んだものである。この精神は相当長い間衰へずに作者の護持する所であつたが、時の経過は争はれず、晩年の作には段々かういふ強い
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