源氏の紫の上などを思つて読まれたものではなからうか。近世の読経は陰気くさくもあり、宗旨の匂ひが紛々として鼻をつくが、平安朝のそれは全く感じが違ひ、著しく音楽的に響いたものの様で、されば艶にとあらはされ、心よくなめらかに響いてくる読経の声を聞くなど君の帰らぬ夜もまたをかしといふ心であらうか。また おこなひに後夜起《ごやおき》すなる大徳のしはぶく頃に来給ふものか といふ歌なども同じ姫君の上であらう。 春の宵君来ませよと心皆集めて念ず小柱のもと これは少し違つて花散る里といつたやうな人の歌かもしれない、かういふ歌をよむと、明治三十七八年頃渋谷の御宅で先生の源氏の講義を聞いてゐる学校の生徒達を思ひ出す。私もその一人であつた。夫人は赤ちやんを抱いてわきから助言された。その頃も斯ういふ種類の歌が盛に作られたやうである。

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大島が雪積み伊豆に霰降り涙の氷る未曾有の天気
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 作者には 大昔夏に雪降る日記など読みて都を楽しめり我 といふ歌があり、日記は吾妻鏡を斥すのであらうが、季節はづれの天候を短い歌の中でこなすことは極めて難しいわざで先づ成功は
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