字を畳みかけて三つ重ね、その印象を読者の脳裏に刻みつけつつ、思ひ乱れ思ひ乱れと更に二つ言葉を重ね深く強く言ひ表はして成功してゐると私は思ふ。「かつ」といふ字句もよく利いてゐる。作者は岩波文庫本を自ら選ぶに当つて「乱れ髪」から十四首を採つたが、この歌は這入つてゐない。作者も重く見ず、世間的に有名な歌でもないが、繰り返し朗誦して厭くことを知らない佳作だと私は思つてゐる。
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鵠沼の松の敷波ながめつつ我は師走の鶯を聞く
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病歿の前年昭和十六年の十二月、十二月は作者の誕生月であるから病床にありながら最後とも思はれる内祝もすませ、折から初まつた戦争の事を思へば いくさある太平洋の西南を思ひて我は寒き夜を泣く と歌ひながらも暫くは之を忘れ、心静かに木高い杉並辺には今なほ来鳴く武蔵野の冬の鶯を聞いてゐると鵠沼の松林がまぼろしに見える。上から見ると海の波の様にも見えるといふのであらう。何時の初冬であらうか、私も御いつしよに鵠沼に行つて皆で歌を詠んだことがあるが、この歌を読むと寝ながらその松林を想像に描いてゐる光景が私の脳裏にまざまざと浮んで来る。洵に大
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