。大阪を流れる春の水の心持は流沙へ流れ込む水のそれに似てゐるやうに私は思ふといふわけなのであらう。天竺といひ流沙といふ処に仏典とその伝統を匂はせ歌にゆかしさと奥行を与へて居ること、全く作者の教養に本づくもので、作者が常にお弟子さん達に広く修養をすすめて居る理由もここに存するのである。水の縦横に流れる大阪の生態は作者の喜ぶものの一つであつたと見え、晩年こんな作もある。 清きにも由らず濁れることにまた由らず恋しき大阪の水
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秋風や一茶の後の小林の田代の彌太に購へる鎌
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私は杜甫など読んだこともないが、詩を作るなら人を驚かす様なものを作れといつてゐるさうである。流石に杜甫はえらいと思ふ。こんな広言の吐ける詩人は古今東西幾人も居まい。その一人に日本にも一茶がゐる。作者は若い時蕪村を学ばれ直接大きな影響を受けて居られたが、一茶からのそれは環境が違ふので大して認められない。併し可なり重く見られてゐたのではなからうか。この歌などもその証拠の一つで柏原に一茶の跡を尋ねられた時の作。又同じ時 火の事のありて古りたる衣著け一茶の住みし土倉の秋 とも作ら
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