置かない。

[#ここから2字下げ]
この山の泉にありと朝まだき我を見知れる風の驚く
[#ここで字下げ終わり]

 この風は 紫の我よの恋の朝ぼらけ諸手の上の春風かをる の春風であり、 伶人めきし奈良の秋風 [#空白は底本では欠落]であり 花草の満地に白と紫の陣立てゝこし秋の風 であり又 君まさず葛葉ひろごる家なればひと叢と寝に来た風 であり、更に かぶろ髪振分髪の四五人の子を伴つて通つた春風 である、既にそれ位親しい風である、その作者を見知らない筈はあり得ない。まさかと思つた伊香保の湯槽でぱつたり出会つたのだから風が驚いたわけだ。

[#ここから2字下げ]
はらはらと葩《はなびら》のごと汗散ると暑き夏さへ憎からぬかな
[#ここで字下げ終わり]

 心の持ちやうで人生は如何にでも変化する、それは唯心論の立場であるが、それほどでなくとも芸術化することによつて地上もある程度住みよい所になる。作者などはその心掛けを忘れなかつた人だけに人よりも数倍よい浮世に住んだ人でもあつた。

[#ここから2字下げ]
羅を昼の間は著るごとし女めきたる初秋の雨
[#ここで字下げ終わり]

 静かに降る糸のやう
前へ 次へ
全349ページ中341ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
平野 万里 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング