つてゐた。ふと目がさめて見ると不思議な音が聞こえてゐてそれは明かに東京の家ではなかつた。ここのこの感じが歌はれてゐるのである。
[#ここから2字下げ]
上なるは能の役者の廓町落葉そこより我が庭に吹く
[#ここで字下げ終わり]
これは富士見町の崖下の家の実景で、秋の終りともなれば崖上の木の葉、中でも金春舞台を囲む桐、鈴懸、銀杏、欅皆新詩社をめがけて散つたのであらう。この辺もしかし空襲ですつかり焼けてしまつたといふことである。
[#ここから2字下げ]
手綱よく締めよ左に馬置けと馬子の訓へを我も湯に読む
[#ここで字下げ終わり]
大正十二年一月天城を越えて南伊豆の初春を賞した。その時谷津温泉で作つたもの。自動車交通の開ける以前の伊豆旅行は凡て円太郎馬車か、馬の背に頼る外無かつた。従つて初めて馬に乗るものの為に乗馬の心得が浴場の壁に掛けてあつたとしても必ずしもあり得べからざる事でもない。南伊豆の狭い海岸の天城颪の吹きまくる谷津の湯の湯船の中で女の私が乗馬訓を読まうなどとは思はなかつたとをかしいのであるが、しかし如何にもよい訓へだと感心してゐる趣きも見える。
[#ここから2字下げ]
前へ
次へ
全349ページ中316ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
平野 万里 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング