ふに、お話にならぬほど粗末なものであつた。それに大家のお嬢さんとして何不足なく育つた人であるだけ、生活のみじめさは人一倍身にしみて味はれたに違ひない。この歌などもその現はれである。成るほど憂き十年であつたに違ひない。山小屋の炭焼夫婦も二人なればである。その様に共に住む一人の人があればこそ来たのであるが、さてこの先は如何なることであらう。
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比が根山秋風吹けど富士晴れず拠なく靡く草かな
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十国峠を通るに相当強い秋風が海の方から吹いて来る、けれども中天の雲を吹き飛ばすだけの力はなく富士は曇つた儘姿を現はさない。而してそれに失望するのは自分だけではない、それより富士を拠として日々その生を続けてゐるこの比加根山の草の方が可哀さうだ、頼りなささうに秋風に靡いて居るその姿。十国峠の草山の物足らぬ心持が淋しい位よく出てゐる。
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わが産屋《うぶや》野馬が遊びに来ぬやうに柵つくらせぬ白菊の花
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これも昔の渋谷辺の心持で、産屋の前に数本の白菊が咲いてゐる。それを斯ういふ形で表現したわけだ。あの辺から玉川
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